Pierre de la Rue という作曲家

4月6日のワークショップで歌う曲の作曲者 Pierre de la Rue について調べてみました。


ピエール・ド・ラ・リュ Pierre de la Rue
(1460年頃〜1518年)生年は1450年頃とも。

ジョスカン・デ・プレと同世代で、アグリコラやイザークらとともに1500年代のフランス・フランドル楽派を代表する一人。Pierchon、Pieter van Straeten, Petrus Platensis、de Vicoなどの名で呼ばれることもある。

ブルゴーニュ宮廷のトランペット奏者であった父のもとにトゥルネで生まれ、町のカテドラルで音楽的な素養を培った。1483年〜1485年、イタリア・シエナのカテドラルに歌手として雇われる。1493年より神聖ローマ皇帝マクシミリアンI世に、 彼の死後は息子のフィリップ・ド・ボーに仕える。その間スペインやイギリスなど各国に旅行した。
二度のスペイン旅行の際、同時代のフランス・フランドルの作曲家たち(ジョスカン、イザーク、ロベール・ド・フェヴァンなど)に出会っている。

ミサ曲31、モテット約30、マニフィカート8、 フランス語またはフラマン語によるシャンソンをおよそ40作曲した。大体は1500年頃に広まっていた様式傾向に即している。
ミサ曲は大部分4声または5声だが、オケゲムに匹敵する難度の6声のカノンを持つミサ曲もある(Missa Ave sanctissima Maria)。定旋律を用いたものが大半だが、パロディー・ミサもある。
モテットの大部分は4声で通模倣様式が使われるが、ジョスカンのように最初にはめったに出てこない。
シャンソンは多様で、後期ブルゴーニュ楽派に似たものや、ポリフォニックなスタイルを使ったものもある。

ラブレーはその書の中でこの作曲家に言及し、ジョスカン・デ・プレは「オケゲム追悼の哀歌」Deploration sur la mort de Johann Ockeghemの中で、彼の名を挙げている。
「喪服をつけたまえ、ジョスカンよ、ピルシューよ、ブリュメルよ、コンペールよ。涙を流したまえ......」


参考:
-Jean-Marc Warszawski 2003, in ”Musicologie,org”
-Wikipedia France





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